現代の筆工

現代の筆工
ビジネスシーンにおすすめのボールペン

文房具店があると、つい立ち寄ってみたくなる。そこにあるすべての棚に興味がある。そんな文房具好きの私のペンケースの中はすっきりしている。道具も少数精鋭主義だ。今回は私のペンケースの中から「ボールペン」をピックアップする。おそらくもっとも身近で普段使いされる文房具のひとつであろうし、絶え間ない進化がマニアを飽きさせない「ボールペン」。2022年上半期の個人的ボールペンまとめ。

デジタルも代替できない「手書き」という技術

覚書や何かを企図する際に頭の中のことを書き表すわけだが、「手書き」はデジタルに勝れり、である。年中パソコンをさわる私だが、ペンを使って「書く」という行為、その意味の重みは変わることがない。文字の大きさ、配置、素描(絵)等を織り交ぜ表情豊かに体系化・可視化するのに、デジタルは手書きに及ばない。

「文房」とは書斎のことだが、書斎の時間と空間にまつわるものはなべて好きだ。人は好きなものにはうるさい。だから私は文房具にうるさい。愛重ゆえの偏向は雅事のうちである。今回は文房具のなかでも出番の多い「ボールペン」について論じてみよう。

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「書く」という行為は端末入力とは「質」の異なる運動だ。

どのボールペンを使うか

「ジェットストリーム/uni(三菱鉛筆)」はよくできたボールペンだ。ゆえにジェットストリーム派、いわゆるジェットストリーマーは多勢だ。しかしそれでは興がない。あまりにも凡庸である。捻くれ者の私のペンケースでは、あえてジェットストリームをはずしている。

レギュラー・ボールペンは3本。「blen(ブレン)/ゼブラ」、「Juice up(ジュースアップ)/パイロット」、「FRIXION(フリクション)/パイロット」。それぞれにうってつけの場面がある。

汎用ボールペンとして新たなエース――
blen(ブレン)/ゼブラ

トラクションがいい――。「ジェットストリーム」をぐっとこらえて「ブレン」をエース・ボールペンに指名し満足している点だ。「ジェットストリーム」がインクとペン先で勝負しているのにたいし、「ブレン」はペンの構造全体で書き心地を追求している印象をうける。

トラクションとは車でいえばエンジンパワーを地面に伝える能力だが、ペン先がパワーを紙面に伝える能力、これが高い。メーカーではこの感覚は「筆記振動の制御によるもの」としているようだ。

これは私の感覚だが、マイクロメートル単位での余計なあそびが従来のボールペンに比して少ない。それがひいては手のエネルギー効率を良くし(疲れにくい)、脳の無意識的な補正処理を減らす(ストレスが減る)といった感じか。

ただし弱点もある。それはいわゆるインクの「ダマ」現象だ。私はインクのダマには神経質だ。そこは海原雄山★1なみに口うるさい。わずかなダマでも「なんだこのダマは! 女将を呼べッ!」となる。この「ダマ」現象を克服できれば、もう他のボールペンには目移りしない。「もうブレんぞ、わしはッ!」としょうもない駄洒落を声高に言えるだろう。

★1 海原雄山――漫画『美味しんぼ』に登場する人物。

「書く」は手と「目」の所行――
Juice up(ジュースアップ)/パイロット

私のペンにかんする持論のひとつに「書くは手との所行」というのがある。これはペンの機能としてのフォルムの重要性を言っていて、単に見た目がオシャレだの持ちやすいだのといったことにとどまらない。

ペンのフォルムは「書き心地」に影響する。どういうことかというと、人は書くとき「紙」、「インクの軌跡」、「ペン先」といった一定の範囲を見ている。つまりペン先というものをインクの軌跡とおなじだけ見つめているのだ。

たとえペン本体の軸径、芯径、インクがおなじであっても、ペン先のフォルムが違えば「書き心地」は変わる。それは「意識」は込めるフォルムによって変化するからだ。意識(心地)とはそれぐらい繊細なものである。

軸径、芯径、インクはおなじでも、意識の容器によって意識の内容(心地、集中力)に大きな差がでる。

「ジュースアップ」はなめらかなインクの乗りもいいが「ペン先のフォルム」がいい。このフォルムによって、まず意識が「精緻」に整えられる。それが「なめらかで精緻な書き心地」のはじまりとなるわけだ。

ちなみに個人的な「ジュースアップ」の使いどころは、イラストと文字を織り交ぜた手書き感あふれるメモだ。とくにイラストは一般的なボールペンより味がでる

「消せる」という圧倒的強み――
FRIXION(フリクション)/パイロット

鉛筆(シャープペンシル)の専売特許だった「消せる」という御株を奪うボールペン――「フリクション」はこの圧倒的強みで私のペンケースの中でも牢名主的存在だ。群雄割拠の汎用ボールペンの地位争いにもまったく動じない。「フリクション」の長期政権を見越して、私は専用の消しゴムもそろえている。

個人的な「フリクション」の使いどころは「表」の類だ。項目内の文字や数字が入れ替わるような表は、このペンの独擅場となる。とくに印刷した表(モノクロ)にたいし青(黒以外)インクのフリクションは、視認性もよく改変可能な使い勝手のよい表になる。

加えていくら消しても減らない&消しカスが出ない専用の消しゴムは、まるでフリーエネルギー、夢のようなアイテムだ。この消しゴムはペン本体先にも付いているが、より広範に、大胆に消したい状況のためにひとつは持っておきたい。

「フリクション」の弱点はその長所の裏返しともいえる。フリクションインキは60℃以上になると消え(透明になる)、マイナス10℃以下になると復元する。この可変性が、あるときは裏目にでる。文書の上に熱い物を置いてしまい文字が消える、あるいは必要があって抹消した文字も復元されてしまう。この柔軟で特殊な特性が向かない文書もある。

しかし、この弱点さえ妥協できるなら「フリクション」は革命児的逸材である。

現代の筆工、その止まらぬ進化

どれだけデジタルデバイスが進化しようと、行為の質と効果がまったく異なる「手書き」という次元でペンは生き続けるだろう。各社各様の研究と努力により、ペンの進化はとどまることを知らない。日本のモノづくりのエスプリはまだ脈々と生きつづけている――1本のペンにそんな思いをいだくのである。

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