ポルノクラシー2.0

ポルノクラシー2.0

現代は「大ポルノ時代」である――この仮説のためにポルノクラシー2.0という造語を用いよう。「神経症としてのポルノ」、「恐れのポルノ」――「ポルノ」は今やクライシスに達している。

ポルノクラシー2.0

10世紀前半のヨーロッパ、ローマ教皇の愛妾などが教皇庁を牛耳り、その政治に影響力をもった。これを「ポルノクラシー(娼婦政治、婦妾政治、pornocracy)」という。

「ポルノ(porno)」という言葉はギリシア語の「娼婦」からきている。敷衍して「ポルノグラフィー(pornographie)」の意味は「性的興味をそそるような描写を主とした文学・書画・写真・映画の類」となる。ここに技術主義テクノロジズム全球主義グローバリズム商業主義コマーシャリズム虚無主義ニヒリズム等が混沌的に融合した現在のありさまをポルノクラシー2.0と仮定しよう。

ポルノクラシー2.0では、かつて政治を侵蝕した娼婦は、より本質化した「エンティティ(統一体)」となった。それに合わせ「ポルノ」という言葉の定義にも変化がみられる。たとえば「食欲を刺激する絵・写真・動画など」は「フードポルノ(foodporn)」という。

つまり現代の「ポルノ」の定義は「大脳辺縁系★1に集中的にうったえる偏頗な表現」といえそうだ。そうなると、iPhoneの丸みを帯びた筐体を艶っぽく映すのも「コマーシャルポルノ(commercialporn)」といえそうだ。

表現への検閲が厳しくなる一方、「ポルノ」は極大化し、かつてない勢力圏をもつにいたっている。エンティティとなった「ポルノ」はあらゆるかたちで遍在し、数十億の人間、というより「大脳辺縁系」を執拗に刺激しつづけている。老若男女、テレビやネットを介して「ポルノ」に被曝しつづけているといえよう。

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★1 大脳辺縁系――辺縁葉とよばれる間脳・脳梁を囲む部分と、視床下部・扁桃体等を含めた領域。本能・情動を支配する中枢で、情動脳ともいう。

神経症としてのポルノ

「ポルノ臭」を放つものが多すぎる。それらは端から大脳辺縁系まわりしか対象にしていないため、概して浅い。とくにアニメやゲーム、広告に顕著にみられ、生み出せなくなった作物的価値(芸術的価値)を「ポルノ」で穴埋めしているありさまである。

「ポルノグラフィー依存症」――ポルノグラフィー閲覧過多は抑うつ状態をまねき、社会生活に悪影響をあたえるといわれる。さまざまなメディアに埋め込まれた「ポルノ」が個人、ひいては社会に病的な状態をうすく広く蔓延させているのではないか。たとえば、アニメやゲームに見られる女性キャラクターの化け物じみた巨大な乳房は、ポルノ過剰により刺激の閾値が病的になったありさまを表しているようにみえる。

さまざまな作物の観照的価値が「ポルノ」だのみになっていくのであれば、これからの芸術に期待するところは何ひとつない。私の食指が過去に向かわざるをえないのは、そういう事情もある。

「ポルノ」の過剰は人間を知的に萎縮させるだろう。なぜなら大脳辺縁系はよく馬の脳とたとえられ、人の脳とたとえられる大脳皮質とは機能的に分けられている。馬は人のような大脳皮質を前提にせずデザインされているので、生物として完成している。だが、人は大脳皮質ありきでデザインされているにもかかわらず、それを萎縮させる運動に嵌っているのだからたちが悪い。

人生100年時代(笑)といいつつ、そのおよそ30億秒のコマ割りのほとんどが「ポルノ」とは……。無意識的ポルノ漬け。無意識的DOPE★2

時代の趨勢とはいえポルノマニアにはなれない人間には、退屈をとおりこして苦痛の時代だ。そのような人間にとっては、街が、メディアが、多数派とよばれるものが、より無機的で無感動な頽廃物となり、価値を失う。

「ポルノグラフィー依存症」がそうであるように、過剰なポルノクラシー2.0もまた社会の一定層に抑うつ状態をまねき、社会の精神的総力を削ぐだろう。

★2 DOPE――麻薬常用者、愚か者、まぬけ。

恐れのポルノ

大脳辺縁系が「恐れ」に深い関わりをもつことはよく知られている。現在、文明規模でもっとも猛威をふるっているのは「恐れのポルノ」ではないか。戦争、疫病、経済的不安等に関わる情報は四六時中、メディアというメディアで跳梁している。「いちばん元気なのは暗い話」というありさまだ。

こうしたありさまについて、情報のブロードキャストという側面以外、「ポルノ」という側面に注意したほうがいいだろう。「恐れのポルノ」で「恐れの情動」を煽り、その下地のうえに「その他のポルノ」をばら撒くと対比の効果が生まれる。

たとえば、疫病の恐ろしさをさんざ煽った後のワクチンは後光が差してみえることだろう。アンチゲン(antigen)としての冷静な批判など其方退けで、我先にと渇望する。さながらドラクエ★3』の発売日のように長蛇の列をなすのを見て、テクノクラート★4の笑いは止まらないはずだ。将来の経済的不安を煽ってから金融商品を売ることも然り、同じパターンの「ポルノ」が蔓延している。

こうした「ポルノ」における「シズル効果★5」を担う著名人や学者も広義には「ポルノ俳優」といえよう。「御用学者」などという「学者」の権威に猶予をもたせた呼び方より、「兼業ポルノ俳優」とよんだほうが社会的役割がわかりやすいのではないか。

ともあれ、「ポルノクラシー2.0」はうわべだけの「デモクラシー(民主主義)」なんぞよりはるかに強力で実際的に機能する。「恐れのポルノ」のあとの「安心・安全ポルノ」など、二液混合接着剤のような抜群の効果を発揮するのだ。

さて、ここまで書いたら賢明な諸兄ならば今すぐにでも改めることだろう。「色ボケの阿呆には高尚などわからん。ポルノでもあてがっておけ」――我々はシステムからそんなふうに見下げられているのである。これに自己の奮起を覚えないのであれば、どうぞDOPEのままで。それもまた人生における選択というもの。

ただ、私に言わせれば、メシ・エロ・トレンド、その程度の話柄しか持ち合わせていないエログロのポルノ主義者に零落れるぐらいなら、虚無の燐光に灼かれながらも芸術に耽るダダイスト★6のほうが気力が充溢するというものだ。

★3 ドラクエ――『ドラゴンクエスト』略称はドラクエ。1986年5月27日に第一作が発売。日本製コンピュータRPGのシリーズ作品。

★4 テクノクラート――高度の科学的知識や専門的技術をもって社会組織の管理・運営にたずさわり、意思決定と行政的執行に権力を行使するもの。

★5 シズル効果――消費者の感覚を刺激し、購買意欲を生じさせる効果。

★6 ダダイスト――第一次世界大戦から戦後にかけて波及した芸術運動「ダダイスム(dadaïsme)」を奉ずるもの。既成の権威・道徳・習俗・芸術形式の一切を否定し、自発性と偶然性を尊重する。略称、ダダ。

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